だからジョルジュは腕を振る
53 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/22(火) 21:06:39.32 ID:XQS57iaWO
ジョルジュ長岡、19歳
彼が何故そんなにもおっぱいに拘るのか、誰も知らない
彼と、もう居ない彼の兄、「ハンタロ長岡」を除いて……


ジョルジュ12歳、夏

いつもより少し、照りつける太陽が大きく見えた、夏の日
ジョルジュ少年は一人、病院に相応しい白いカーテンが揺れる窓際のベッドに居た
誰かが見舞いにと持ってきたラジオからは雑音混じりの甲子園の実況が聞こえていた

「ザッ………ッチャー、第1ky…を投げました!
おっーと、打ち上げてしまっt……、内野フライ
別府高校内藤、この回もザッ…凡退におs………6回をノーヒッターです」

トントン
控え目なノックの音が二回
兄が来たしるしである
ジョルジュ少年は「はーい」と少し大きな声でノックに応えた

58 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/22(火) 21:18:20.46 ID:XQS57iaWO
キィ……
ゆっくりと扉が音を立てる
兄だとばかり思って居た彼の目は大きく見開かれることになる
立っていたのは、彼の父ダイジロー長岡であった

「……おや…じ……」

ジョルジュ少年が呟く
カーテンの影が、揺れて父の足下にかかる
父は俯いたままで、その影をじっと見ているようだった

「今更……」

ジョルジュ少年は憎々しげに言った
出来れば、顔も見たくない親父だった
俺がここに居るのも、兄さんが近くに居ないのも、そしてなにより………

母さんが、この世に、居ないのも

60 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/22(火) 21:36:34.43 ID:XQS57iaWO
「どうして……」

言葉に詰まる
ずっと、このクソ親父にぶつけてやりたい言葉を考えていた
掃いて捨てるほど言いたい事はあったはずだ
でも……
幼いジョルジュ少年には、憎しみと涙とを含んだ表情で目の前の父を睨みつける事で精一杯だった

「……ガッ……っとー、センター落とした!
センターどk……を落としました………ンナーは二塁へ!
毒折中継にボールを投げる!
これを………あーっと!これはいけない!大暴投だ!
ランナーは三塁に進みました、ランナー三塁、山形県………ンジ高校、ランナーを三塁に進めました!」

開け放たれた窓から、強い風が吹いた
カーテンが一層大きくふくらんだ
同時に、目の前の憎しみの対象である父がゆっくりと顔を上げた

64 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/22(火) 21:51:46.57 ID:XQS57iaWO
「ジョルジュ……」
「………」
「ジョルジュ………、父さんは………」
「………うるさい………」
「父さんは…」
「うるさいっ!聞きたくないっ!
なんで、なんであの日っ!あの日だけ母さんにっ!
なんであの日だけっ……母さんに優しかったんだっ…!
なんでドライブに行こうなんてっ…!
なんでっ……いつもはしないくせにっ…母さんをぶってばかりいるくせにっ…
あの日だけっ……家族サービスだなんて……」
「違っ、違うんだジョルジュ、聞いてくれ!」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!!
俺の名前を呼ぶな、あんたなんか親でもなんでもないっ!
あんたの声なんか聞きたくもない!あんたの顔なんか見たくもない!
今すぐし………」

パシッ

乾いた、音
痛みは遅れてやって来た
もう視界は涙で滲み、シワのないシーツがゆらゆらと揺れている


「落ち着け、ジョルジュ」

ゆっくりと顔を上げる
そこには、兄がいた

69 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/22(火) 22:09:49.42 ID:XQS57iaWO
「……落ち着け……、ジョルジュ……深呼吸だ………」

兄は腕で弟の頭を胸に押し付けるようにして抱いた
弟の口からは嗚咽混じりの吐息が漏れる
それをなだめる様に兄はゆっくりと弟の背中を叩いてやった

段々と落ち着いていく弟を抱いたまま、兄は父を見る
厳しい表情、眼が告げる

「帰れ」

弟を守るために、恐ろしい程の迫力を込めて、睨みつける
その目に圧倒されたのか、どうか
定かではないが、父は小さく何か呟いて病室を出て行った
兄はドアが閉まるまでずっと父を睨みつけたままだった

80 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/22(火) 22:30:40.85 ID:XQS57iaWO

ーーーージョルジュは、母に恋をしていた

それは、小さい子供が親と結婚の約束を交わすだとか、キスをするだとか、そういう類のものではなく、本気で

ジョルジュ少年はそれを自覚していた
しかし、彼はそれを禁忌だとは思わなかった
ひとつは、幼さ故に
もうひとつは……、母の異常なジョルジュへの愛情表現に

父の面影を色濃く継いだその少年としては大人びた顔に、唇に、彼女はキスをした
ジョルジュが家に居るときは、何度も、何十度も、何百度も

ジョルジュが風呂に入るとき、いつも彼女は一緒にいた
ジョルジュの体はいつも舐めるようにして洗われた

ジョルジュが寝るときもいつも同じ布団で寝ていた
まだ未発達なジョルジュの男は母親によって奪われた


彼女は、ジョルジュを男として見ていたのだろうか?
それとも度重なる父親の暴力に耐えきれず、父親の印象をたたえるジョルジュに父親の代理を求めたのだろうか
それとも………
わからない
だがジョルジュは彼女の事を想っていた
いや、未だに想っている

90 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/22(火) 23:11:25.22 ID:XQS57iaWO
「……もう、大丈夫か?」

兄の声に我に帰る
どうやら自分は既に泣き止んでいたらしい

「うん……」

小さく頷きながら言う
兄はそれを聞いてゆっくり優しい戒めを解いた
兄のTシャツに涙の跡がくっきりと付いていたのを見て、少し恥ずかしくなった

ラジオからは、9回に入って益々熱気を帯びたアナウンサーの声が聞こえていた
その暑さに誘われてか、セミが声を上げ始め、
相変わらずカーテンは揺れ
それ以外の時は動かないまま兄と自分は温い風に吹かれていた


9回裏になり、アウトがひとつカウントされた時、兄がおもむろに口を開いた

95 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/22(火) 23:28:54.64 ID:XQS57iaWO
「なぁ、ジョルジュ……お前さ、昔、母さんが好きだって言ってた……だろ?」
「うん」
「…………本気か?」
「……うん」
「それは、母さんが親として」
「違うよ」
「……じゃあ、………女の子……女としてか?」
「……そうだよ」
「………そっか…」

少しの沈黙の後、兄は続ける

「じゃあ、なんで?」
「………わかんないや」

ホントは
ホントのホントは、解っている

"僕を、男として愛してくれたから"

「……そっか……、じゃあさ」
「?」
「母さんの、何処が好きなんだ?」
「………うーん、"おっぱい"かな……」
「……はは……こいつ馬鹿だ………ははは……」「へへへ…」


一番に好きな所を隠して、半分嘘で半分本当の答え
ジョルジュと、兄は笑い飛ばした
ラジオは試合が延長戦になったことを告げた

101 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/22(火) 23:49:01.45 ID:XQS57iaWO
ひとしきり笑い終わった後、兄が言った

「……俺は……母さん嫌いだったよ」
「………え?」
「お前も嫌いだった」
「………」
「………"嫉妬"ってわかるよな?」
「…うん」
「そういうことだ」
「………」
「むしろ、さ。父さんの方が好きだった……いや、憧れてたって言うのかな」
「!?」
「ジョルジュは母さんがかかりっきりだったからわかんないかもしれないけどさ」
「………」
「あの親父もカッコ良かったよ」
「………ふーん……」
「だからさ………嫌うなとは言わないけど、話くらいは聞いてやってくれ」
「…兄ちゃんがそう言うなら……」
「それで出来れば、好きになってやってくれ
俺も、母さんが好きになれるように頑張るから」
どこかで、何か聞こえた気がした
そんな気もすぐに風にかき消されて消えた
僕は兄を真っ直ぐに見つめた
兄は笑いながら頭を撫でてくれた

104 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/23(水) 00:06:22.55 ID:n6VWgVGRO
「……さぁ、同点10回の裏、二死三塁ツースリー!
ピッチャー…ザッ藤、渾身の力を込めて、投げました!」

そのときセミの声がどこか遠くに飛んだ

僕の覚えている、スローモーションの世界がそうさせたのかもしれない

ガンッと扉を開けて入ってきたのは……父?

手には………包丁?

何故?

笑いながら、入ってくる

笑いながら、僕に向かってくる

笑いながらーーーーーーー

僕は、恐怖に目を瞑った


「あっーっと、内藤ワイルドピッチ!怪物の夏は、準決勝で幕を閉じましたー!」

あれ?試合終了のサイレンが、聞こえ………

108 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/23(水) 00:15:48.99 ID:n6VWgVGRO
僕は

全てがサイレンにかき消される中で

血溜まりに倒れる兄と

絶叫しながら自分の腹を刺し続ける父を見た


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


これは後から刑事さんに聞いた話
父は僕を殺すつもりで来たらしい
それが兄を刺してしまい
興奮と罪悪感と元々の精神の不安定さから自分を刺したとのことだった
動機に当たることは何一つとして喋らなかったらしい
ただひとつ、舌を噛みきる前に言い遺した
「俺はずっと見ていた」
の言葉を除いて

112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/23(水) 00:26:55.44 ID:n6VWgVGRO
ジョルジュ長岡、19歳、夏、大学生

「まったく……、ジョルジュがおっぱいおっぱい言うからまた女の子が逃げちゃったお」
「……またジョルジュかよ……だりぃからやめてくれよホント……」
「ぶち殺すぞ。帰ったら尻を差し出して貰う」
「いやー、すまんすまん」


「だけど、なんでジョルジュはそんなにおっぱいが好きなんだお?」


それは、母性の象徴
それは、歪んだ愛情
それは、兄と笑った記憶
それは、父から奪ったもの


「家族の絆……だからかな」


いくら汚れ、曲がっていても、それがジョルジュの絆

だから、今日もジョルジュは腕を振る
願いを込めて

いつか、仲の良い家族になれますように

《おわり》


 戻る

inserted by FC2 system