( ><)ビロードが夢を見ないようです
1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/17(木) 10:13:40.95 ID:n/AuqCcD0 ?2BP(3)
( ><)「貴方は夢を見ないんですか?」

向かいの席に座ったビロードがシルクハットの男に問う。

     「よく聞いてくれた今は現実かい?」

ビロードは質問に質問で返されたことよりも質問の内容にアクセクした。
男は尚も話しかけた。

     「例えば……君の珈琲に砂糖は入っているかい?どちらにしても私にはどうでもいい事だが」


3 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/17(木) 10:14:20.71 ID:n/AuqCcD0
ビロードは注意深く覗き込んだシルクハットの男の珈琲カップに角砂糖しか入ってないことに気付いた。
狐にでもつままれたような顔をしていると、シルクハットの男は立ち上がって気味の悪い仕草で一礼して立ち去った。
ビロードの脳内には暗雲が立ち込め角砂糖が最初に渡されていたかどうか記憶を辿っていった。
こんな昼間に、だ。白い木製のテーブルに両肘をついた。シルクハットの男が何を暗示していたのか。
角砂糖は確かに珈琲に溶けていった。隙間から抜け出して再結晶するなど有り得ない。
飽和して行く思考が溶け切らない砂糖と重なって、一つになった時記憶は再構築される。
気味が悪い挨拶も何もかも───
いやビロードは何故、シルクハットの男と相席をしていたのか、それ以前に朝起きてから女は自分が
何をしていたのか思い出せないでいる。

4 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/17(木) 10:16:10.12 ID:n/AuqCcD0
( ><)「朝起きてここにい居たんです、わかんないんです」

漠然とした曖昧な記憶が手に取る度、砂と化して輪郭を崩してゆく。
でも、出来れば此処に居たくないのは事実だった。
何か、潜在意識が秘密裏に結社でも作って、世界を征服しているようと
裏で暗躍しているような。そんな強迫観念が。
気がつくと昼間の街の喧騒は静まり返り、喫茶店は新しく来た
お年寄りを含めて二人になってしまった。
会計を済まそうと、レジへ向かい伝票を店員に手渡すと

     「お会計は、既に支払われておりますが」

確かにあの男は居た。後に残ったのは二杯分の珈琲とBLTサンドのレシートだった。
帰り道、ビロードが抱える幾多の疑問は最後まで払拭されることは無かったようだ。
家路についた女は、今日あった不思議な出来事を振り返りながらベッドに入った。

5 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/17(木) 10:17:12.81 ID:n/AuqCcD0
    「夢を見てい」
    「夢とは?」
    「現実ではない何か」
    「夢?」
    「もう一つの世界?」
    「夢には何があるの?」
    「記憶の掃除?」
    「単純明快さ」
    「目を覚ませば地獄」
    「逃避とは」
    「禁忌へ入り口」
    「林檎?知恵の実?」
    「憎悪とか?愛は?」
    「下らないね、実に」
    「誰と話してるの」

悪夢にうなされて飛び起きた。汗が首筋から伝い落ちる。
随分と鮮明な夢だったなと思う。
心持ち頭痛がして此処は現実なのだろうと実感できた。
夢の中で誰かと話していた。
誰か……ではなくて自分が自分を見ているような

“客観的傍観者”

6 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/17(木) 10:18:00.68 ID:n/AuqCcD0
ビロードの心臓を包み込む不安は
悪夢からの開放のそれでもなく。
悪夢の世界から残像する手でもなく。
実態の無い物に突き動かされているような不安。
ふと、時計を見ると時間は午前8:30分。

( ><)「はぁ……また寝坊です・・めんどくさいです、学校いかないんです!」

またか、という表情で言い放ったしかめっ面の名は「ビロード」。
高校三年来年卒業の受験生・・・のはずだが無気力人間ヨロシク
未来の展望などあるわけも無い。楽観主義に輪をかけたような性格である。
当然、学校をサボると決めたビロードの頭は二度寝する気満々のようだ。
でも今回は違った。今寝たらさっき見た不可解な夢の続きが見れるかも、と。
ビロードは一縷の望みに掛けて瞳を閉じた。

7 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/17(木) 10:19:04.64 ID:n/AuqCcD0
そこは、白く靄がかった空間、妙な浮遊感と好奇と不安が現れては消える。
中央に不自然に置かれた調和しない事務机に、見覚えのあるシルクハットの男が
足を組んで座っている。
「男爵」と形容されてしまいそうなわざとらしい挨拶で出迎えられたビロードは
導かれるように男の居る、事務机まで足を進めた。

     「夢ってあるよねえ…。あれって結構大変なんだよね。
     私は代行屋みたいな者でさ、現実の意識に働きかけるような夢は
     うちで取り扱ってるわけ。」

突然、当たり前のように話し出す男に、うろたえるビロード。
代行屋?現実の意識?様々な疑問がビロードを理性から突き放して行く。
男はそんな事などお構い無しに話し続けた。

9 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/17(木) 10:20:03.66 ID:n/AuqCcD0

     「まあ〜君にさ、一つ頼みごとをしようかと思ってさ。ね?
     夢のツアーコンダクターってわけなんだけど……
     要は夢を切り取ったり、はっつけたりする仕事なんだ」

次々に話を進めるシルクハットの男、呆気にとられた態度で立ち尽くすビロード。

いつしかそこには奇妙な構図が出来上がっていた。
何故かビロードの頭は痛みを知覚している。
超現実な夢を見ているのか、寝ている間にさらわれたのか。
しわくちゃの寝巻き一つすらビロードには、今の状況を悪化させる要因の一つでしかなかった。
更に男は壊れかけのテープレコーダーのように尚も話し続けた。

「それで……“現実の世界に干渉するような夢”なんだけど。
今日、意味のわからない夢を見て君は二度寝したよね。
まあ君の性格を考慮してのことなんだけど。
あの時点でもう一度寝付かせるぐらい私には至極簡単だったのだよ」

( ><)「はあ……」

状況がつかめず曖昧な返事をする。今わかってるのはどうやらこの男
の仕業により、今日学校を行かずに二度寝するように仕向けられた……らしいとゆうこと。

10 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/17(木) 10:20:46.35 ID:n/AuqCcD0

     「あくまで、今日君が二度寝するのは君が決めた事。
     私はね、それに至るプロセスをしいたまでだよ。それにしても君の夢は綺麗だな」

そういってシルクハットの男はポケットからDVD−ROMと古めかしいベータのビデオテープを取り出して指で回して見せた。

     「こっちのビデオテープの方は君に見せた夢、1999年9月25日に…おっと此処からは言えないな。
     コホン……とにかく、その人から切り取って持ってきたんだ。随分古くて劣化しているから、
     もやもやしてたのは仕様だ。まあ楽しんでもらえたかな」

男は事務机から立ち上がって、身振り手振り楽しそうに話し出した。

     「いわば現実への仲介人、いわく夢の収集人かな。面白そうな夢を切り取って人に
     見せるツアーコンダクターさ。君は夢の中で主人公が、自分の知らない男だったり、
     またあるときは、歌手、しがない配管工、だったり現実ではありえない設定
     だったりするだろう。それは私達が他人、歌手が見た夢、配管工が見た夢
     を切り取って、君の中で再生しているのさ。もちろん夢は毎晩見ているんだ、
     思い出せないのは、私達がちょっと拝借してしまってるんだ」

13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/17(木) 10:22:42.58 ID:n/AuqCcD0
ビロードは楽しそうに語るシルクハットの男の熱弁に妙に納得させられてしまった。
いや、納得させられたのか…

( ><)「私達……ですか?」

難解で意味不明な言葉の羅列から何故その単語を選び出したのかは不明だが
この何かすえ恐ろしい行為を日常的に行っている人物が、不特定多数居ると思うと君が悪い。

     「あぁーそうだな、私みたいな変態が他にも居るとしたら、ゾッっとしないかい?
     まあ居るんだけどね。ふふ」

男はおどけて見せた。コホンと咳払いすると神妙な面持ちで唯の顔を見つめた。
口元が少しにやけているのはこの男の人相なのだろうか。

     「では、本題に入ろうか。君にその変態になってもらおうと思うんだ」

予期せぬ発言に、耳を疑いながらも、この男の人を食ったような態度は一向に変わる様子も無い。

14 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/17(木) 10:23:29.41 ID:n/AuqCcD0
     「変態とは少しばかり語弊があったな、つまり夢のツアーコンダクターさ。
     今すぐには決め兼ねると思うから返事は君が次に夢を見るときだ。頼むよ」

そういってポケットから、宝箱が開けられそうな端正な鍵を取り出している。
机に向かって右側のドアへと出て行ってしまった。
男の履いていた革靴が冷たいアスファルトと接触して残響する音がリフレインした。

17 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/17(木) 10:36:28.04 ID:n/AuqCcD0
pm4:30

( ><)「ん……ああ……」

夢らしき物からビロードが覚める。外は連鎖する排気が午後の終わりを告げている。
ちょうど、昼過ぎ特有の埃臭い空気が部屋を漂い、間延びした、母ビロードの声が
一階から聞こえる。

J ><し「ビロード、学校はどうしたの〜」

ああ、そういえば寝過ごしたんだ。ん?二度寝?
ビロードの思考が錯乱する、それと共に夢らしきものの記憶が脳内を流動する。

( ><)「シルク……ハット……夢……収集人……」

ビロードは自分の記憶を辿って行った。自分が二度寝した後の記憶をだ。
夢の収集人、現実の仲介人、様々な聞き慣れない単語が羅列されて行く。

18 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/17(木) 10:45:23.86 ID:n/AuqCcD0
しかし現実とはかくも厳しい物で、事実として今日学校をサボった
ビロードと単位の危うさが平然とビロードに立ちはだかる。
記憶の片隅に、“次に夢を見るとき”が引っかかりそれどころでは無い。
今朝のうちに説明された、よくわからない夢だのなんだのにビロードは
次第に惹かれて行った。
 ビロードはそそくさと着替えを済ませると、インターネットにつないだ。
GOOGLEとカラフルな文字で彩られた検索エンジン。次にキーボード
に向かって指を順々に置いて行く。

          Y,u.m.e……

“夢”とタイプされた画面、エンターをこぎみよく押すと検索結果が液晶
画面に打ち出される。
ビロードは夢について、知りたくなったのだ。

19 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2006/08/17(木) 10:55:20.12 ID:n/AuqCcD0
検索結果が画面に映し出される、夢についての関連した項目が並ぶが
どれも夢占い、占い、とても占星術じみた、ビロードが今日見た。
収集人などとはほど遠い検索結果であった。
何かヒントは無いかと、次の十件──進めていく。

( ><)「あ!あったんです!」

幾多の夢占いの項目に埋もれている、夢の収集人の文字。
ビロードはすかさずそこをクリックすると、些細ではあるが
収集人についての真実と欺瞞が混雑する記事を見つけた。

“夢を見れない、夢の収集人、夢を自在に操る収集人
              夢が現実になる収集人、現実にいる収集人”

( ><)「夢を見れない?」

ビロードは収集人のキーワードを含んだ散文詩の含みのある表現に
いささか畏怖した。

764 名前:ビロードが夢を見ないようです :2006/08/17(木) 16:30:16.32 ID:n/AuqCcD0 ?2BP(3)
しかしビロードには時間が無い、いや、アレは全くもって夢だったのかも
しれない。先日のカフェでの一件、同一人物が夢枕に立って夢について
熱弁を交わし、果ては自分を夢に収集人に……完全に夢に捕らわれている。
ビロードは夢について自分が思い出しうる限りの情報を洗い出していった。

( ><)「夢には古さがあって、私が見たのは、ちょうどDVD−ROM
     みたいな物、でもVHSのベータみたいな古いのもある。
     でも毎晩夢は見ているって話しだし……あぁ、思い出せな
     いのは収集人が、切り取っていってしまった物なのか。
     不完全な物は切り取らない、だから夢はいつも中途半端なのか……」

ビロードは夜になるまで夢の概念について考えた。
生来ビロードは無気力な癖して考えることが大好きだった。
ビロードにとって考えることは新たな発見に繋がるし
有益なことだったのだ。今、ビロードは考えている。
とても現実的では無いような、夢について。


765 名前:ビロードが夢を見ないようです :2006/08/17(木) 16:31:03.58 ID:n/AuqCcD0 ?2BP(3)
pm10:00

ビロードは夢とは何なのか、と答えは出せなかったようだ。
でも、ここでそれはさして問題では無いのかもしれない。
ただ、ビロードに求められているのは、収集人になる決意だけなのだ。
して、当の本人は、と言うと決意はもう固まったようだ、いつもの
黄緑のチェックの寝巻きに着替えて、律儀に帽子まで被っている。
夢の世界へのビロードなりの嗜みといったところだろうか。
ビロードは同じことの繰り返し、模倣の毎日、惰性、そんな日常を
振り切るのにちょうどいいと思った。

そして電気を消して目を瞑った。

   「やあ、お目覚めはいかがかな、と言ってもまだ夢の中だがね」

見覚えの有る空間に見覚えの有るおどけた口調、
それに靄がかった空気とちょっとの浮遊感。
まだ、はっきりしない視界にシルクハットにモーニング姿
の男がたっている。

   「まあ、急かすわけではないが早速本題に入ろう、決めたかい?」

名前もわからない何も知らない、男がビロードにそう問いかける。


766 名前:ビロードが夢を見ないようです :2006/08/17(木) 16:32:10.99 ID:n/AuqCcD0 ?2BP(3)
( ><)「決めたんです、夢を見るんです」

     「そうか、ふむ、では君はいまから夢の収集人に任命する。これは夢のマスターキーだ」

シルクハットはそう答えると、豪華な造りの鍵をビロードの方に投げて見せた。
ビロードが掴みきれず鍵を床に落とすと金属音が空虚に響いた。

     「おっと、大切にしてくれよ。それを無くしたら大変なことになるんだ。
      世界中の夢の配分が狂ってしまうし密漁が蔓延ってしまう。」

と、シルクハットは言い放った。どうやら夢のマスターキーとは大事なものらしい。

     「ふむ、それでは君に仕事の説明をしよう。まずは夢の切り取りからだ、私についてきてくれ」

768 名前:ビロードが夢を見ないようです :2006/08/17(木) 16:33:03.59 ID:n/AuqCcD0 ?2BP(3)
ビロードの受け取った鍵と同じ雰囲気の鍵をポケットから取り出し、向かって
右のドアに消えていった。ビロードは慌ててドアを開けるが鍵がかかっている。

( ><)「鍵かかってるんです!開かないんです!”!」

ビロードが扉の鍵をガチャガチャとやっていると扉の向こうから男の声が聞こえる。

     「ハハハ、さっき鍵を渡しただろう。それを使ってこっちに来るんだ」

ふむ、確かに。そういえば先ほどビロードが取り損ねて床に落とした鍵が有る。
ビロードは挙動不審になりながらそれを使って扉を開けた。

そこには眩暈のするような数のオーディオ機器が網羅されていた。
いたる所に配線が張り巡らされ、ホワイトノイズのような耳鳴りがビロードの鼓膜を圧迫する。

( ><)「耳が痛いんです!」

     「ふふ、じきに慣れるさ、それより私の名前を君に教えてなかったな。
      ビロード君、私の名前はモナー。モナーと呼ばれている」

モナー──シルクハットの男はそう名乗った。いやこれも偽名かもしれないし、
なんでビロードの名前を知っているのか、と疑問に思ったが耳鳴りにかき消された。


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