('A`)がコンビニ店員になったようです。
4 名前:78 ◆pP.8LqKfPo :2006/08/31(木) 22:30:29.95 ID:GTK4CwVR0
プロローグ:ドクオとタバコ



暖かな風が、街を吹きぬけた。
男にしては長めの俺の黒髪が、風に揺れる。

歩道と車道の間に植えられた街路樹を眺めれば、
その枝には、いくつかの新芽が、ぽつりぽつりと芽吹いている。

日差しが、冬のそれとは違い、強くなっている。

街には、
ゆっくりと、だが着実に、
春という季節の足音が聞こえていた。

そんな3月の街を、俺は一人、歩いていた。


5 名前:78 ◆pP.8LqKfPo :2006/08/31(木) 22:32:47.84 ID:GTK4CwVR0
駅前の広場に着いた俺は、ベンチに座り、
黒いテーラードジャケットの胸ポケットから、タバコを一本取り出す。

火をつけようとするが、風が邪魔して火がつかない。
しかたなく、100円ライターを手で囲い、
口にくわえたタバコをそこに近づけて、火をつけた。

タバコの煙を、大きく肺に吸い込む。


うまい。


タバコは、一口目がすべてだと思う。
俺は、残りをうまいと感じたことは無い。
後はただ、惰性で吸っているだけ。

まるで、今の俺の生活ようだ。


7 名前:78 ◆pP.8LqKfPo :2006/08/31(木) 22:36:13.89 ID:GTK4CwVR0
肺に吸い込んだ煙を、3月の青空に向かって吐き出す。
その煙は、一瞬、地上に現れた雲のように見えて、
すぐに風に吹かれて、流れていく。

その行く先を目で追いかけると、駅前を歩く人々の姿が見えた。

行きかう人々は、皆、慌しげに街を渡っていく。
みんな、何か目的があって、この街を歩いていくのだろう。


仕事、買い物、遊び、待ち合わせ、帰宅。


だけど、本当にそうなのだろうか?
たとえば俺みたいに、何もすることがなくて駅前にいる人間が、他にも必ずいるはずだ。

だけど、そんな感じの人間は見当たらない。


9 名前:78 ◆pP.8LqKfPo :2006/08/31(木) 22:38:04.64 ID:GTK4CwVR0
きっと、俺たちにとって、
何もすることが無いというのは、恥ずべきことなのだろう。

だからみんな、自分の行動に、何かしらの理由をつけたがる。
その理由が見つからなかった場合でも、
とりあえず、何か目的があるかのように見せかけるんだ。

だから、
この駅前で、
いや、この街で、
何も目的が無くてうろついている、俺のような人間を見つけることは難しいんだ。


きっと。


10 名前:78 ◆pP.8LqKfPo :2006/08/31(木) 22:39:03.62 ID:GTK4CwVR0
俺はタバコを口にくわえたまま、
ジャケットの右ポケットから、四つ折にされた書類を取り出した。

それは、今日出してきた大学の休学届けの失敗作だ。

俺は今日、一年通った大学に、休学届けを出してきた。
大学の事務室というものは緊張するもので、
俺は一度、休学のための書類を書くのに失敗してしまった。

この紙は、その、失敗してしまった方の休学届けだ。


11 名前:78 ◆pP.8LqKfPo :2006/08/31(木) 22:41:21.94 ID:GTK4CwVR0
いわゆる、燃え尽き症候群というやつだったのだろう。

大学に入るため。
ただそれだけのために受験勉強に精を出し、その先のことを考えていなかった俺は、
大学に入学した瞬間、何もする気が無くなった。


興味のもてない、退屈な授業。
バカみたいにテンションの高い、サークルや同じ学部の奴等。

それに俺は、耐えられなかった。
そんな中に俺は、溶け込めなかった。


バカになれれば、今頃、大学の仲間と楽しくやっているんだろう。
でも、俺はバカになれない人間だった。

頭の片隅に、いつも冷静で、冷めた、もう一人の俺がいる。
そいつが、俺がバカになろうとした時に突然現れて、俺に問いかけるんだ。


「こんなことをして、何が楽しいんだ?」ってな。


13 名前:78 ◆pP.8LqKfPo :2006/08/31(木) 22:43:30.51 ID:GTK4CwVR0
我ながら、損な性分だと思う。
こんな自分の性分を、呪ったこともある。


でも、そんな自分にも、もう慣れた。


俺はこんな性分で生まれてきてしまい、きっと、それは変えられない。
この性分が変わってしまったときは、きっと、俺が俺でなくなるときだ。

それなら俺は、この性分と折り合いをつけて生きていくしかない。

だから、折り合いがつけられなくなったそのときは、
俺が、死ぬか、自分の殻に閉じこもるかの、どちらかなのだろう。


15 名前:78 ◆pP.8LqKfPo :2006/08/31(木) 22:46:55.86 ID:GTK4CwVR0
だけど、大丈夫だと思う。
だって、俺たち人間は、慣れてしまう生き物だからだ。


何か一歩を踏み出すときは、凄まじいエネルギーが要るけれど、
一度動き出せば、あとは「慣れ」という名の惰性で進んでいく。

まるで、走り出した列車のように。
今、俺が吸っている、このタバコのように。


でも、人間の悲しいところは、
その「慣れ」が、圧倒的に多くの場合、ネガティブに働いてしまうことだ。

怠けることには、すぐに慣れても、
頑張ることには、なかなか慣れない。


それはなぜかって?

それはきっと、
怠けることに慣れるためには、あるものを捨てればいいだけだけれど、
頑張ることに慣れるためには、あるものを見つけなければならないからだと思う。


そのあるものとは、「目標」。


17 名前:78 ◆pP.8LqKfPo :2006/08/31(木) 22:49:15.69 ID:GTK4CwVR0
目標のためなら、
人はどんなことでも出来るって言う人がいるけど、
俺は、そのことを正しいと思っている人間だ。

強い憧れや、眩いばかりの栄光。
それを伴う目標のためならば、俺たちはなんだって出来ると思うんだ。


ただ、その目標を見つけることが、とんでもなく難しい。


適当につけた目標は、
往々にして、憧れや栄光が伴わない場合が多い。
だから俺たちは、すぐにその目標を捨ててしまう。

そして、怠けるというネガティブな方向に慣れていくんだ。


今の俺は、まさにそんな状態。


18 名前:78 ◆pP.8LqKfPo :2006/08/31(木) 22:50:40.56 ID:GTK4CwVR0
そんな風に、物思いにふけっていると、口元が熱くなってきた。
口にくわえたままのタバコが短くなり、その火が、口元に近づいていた。

俺はタバコを指でつまむと、傍らにあった灰皿の中に投げ込んだ。
火のついた灰が、空中で一瞬燃え上がると、すぐに消えた。

それを見届けた後、俺は、再び歩き出した。


体が、ダルい。


これだから、タバコはいやだ。
しかし、最初の一口があるから、どうしても止められない。

そんな自分に苦笑しながら、当ても無く、俺は街を歩き続けた。


20 名前:78 ◆pP.8LqKfPo :2006/08/31(木) 22:52:34.87 ID:GTK4CwVR0
しばらく歩き続けた後、とある公園に入った俺は、
灰皿が設置されていることを確認して、そのベンチに座る。


公園では、小学生くらいの子供たちが、楽しげに遊んでいる。

毎日が楽しく、何の疑問も無く自分の未来は明るいと思っていた、
そんな時期を、彼らは過ごしているのだ。


俺にもそんな時期はあった。
だけど、そんな子供時代の心を、俺はもう思い出せない。


何に憧れ、
何を考えていたのか。


頭の片隅にある古い記憶をたどっても、
その記憶は、霞がかかったようにもやもやして、はっきりと思い出せない。


21 名前:78 ◆pP.8LqKfPo :2006/08/31(木) 22:56:19.32 ID:GTK4CwVR0
タバコを吸おうと、胸ポケットからタバコを取り出そうとする。
しかし、その中身は空っぽだった。

舌打ちをしながら、公園の前のコンビニに向かう。
そして、自動ドアの前で立ち止まる。


そのとき、そこに張られた一枚の紙が、俺の興味を引いた。


('A`)「深夜バイトの募集か・・・・・・。」


見ると、時間は深夜0時から午前6時まで。
時給は950円と、なかなかのものだ。


どうせ、これからすることも無い。
時間だって、昼間にこだわる必要は無い。

そう思った俺は、そのコンビニで、タバコと履歴書とボールペンを買った。
そして、くわえたタバコに火をつけると、コンビニの前の公園で、すらすらと履歴書の記入欄を埋める。

すると、ある箇所で俺の手が止まった。


「 志望動機 :



22 名前:78 ◆pP.8LqKfPo :2006/08/31(木) 22:58:07.85 ID:GTK4CwVR0
('A`)「たかがアルバイトに、
   たいそうな志望動機なんてあるわけないだろう。」


そう呟きつつ、俺は、
適当に思いついた志望動機を、そこに書き込んだ。




「 志望動機 : ここで、何かを見つけたいから。 」












('A`)がコンビニ店員になったようです。


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