( ^ω^) はあそびにんのようです
4 名前:プロローグ :2006/08/21(月) 02:56:32.92 ID:+kc1dhmN0
 鈍色の空に銀雷が走り、ひびわれた雲をあかるく照らし出した。
 嵐であった。
 雨が苛烈に城壁を叩き、夜守りの衛兵を打つ。
 だが、姦しく喚き続ける空とは裏腹に、城内は鉛のような沈黙に満たされていた。

 彼らは待っていた。一人の男の、生死の報せを。

 この国には誇るべき英雄がいた。およそ全ての大陸に名を知られた豪傑だった。
 五年前の夏に彼が旅立って後も尚、齎される噂は常にこの国を揺らがせ、歓喜に沸かせた。
 その名は希望と同義。そは人類の剣にして盾。そは魔を封じる符にして、魍魎を滅する呪。

 男の名はオルテガ。
 魔王討伐を掲げ、世界の和に奔走した英傑だった。

5 名前:プロローグ :2006/08/21(月) 02:57:08.62 ID:+kc1dhmN0
 一筋の雷鳴が沈黙を砕き、轟く。
 雷光と同時。俄かに階下が騒がしくなった。
 かたく結ばれた沈黙が解け、ざわめきは漣のように謁見の間を揺らす。
 汚穢と寂寞の匂いを引き連れて、その兵士は王へと拝謁した。
 兜をはずし、強張りきった表情が晒された時、広間を満たしていた緊張が
いっせいにほどけて白熱した。
 嗚咽する者。獣のようにうなる者。天に祈る者。立っていられず膝を付く者。

 その中で、一人、毅然と背を伸ばす女がいた。
 悲壮の沼地へ沈み行くと思われる広間の中で、彼女の周りにだけは光が差すようだった。
 女は微笑をたたえていた。決然としたものが彼女の全身を覆っていた。
 胸を張り、己への言葉を抱きしめてから飲み込み、女は一人の少年の肩をそっと押した。


6 名前:プロローグ :2006/08/21(月) 02:57:44.92 ID:+kc1dhmN0

 城を包む嵐は、大陸をも縦横無尽に襲っていた。
 大陸の北方に位置する名も無き村では、男集達が、豪雨に負けじと船の補修に向かっていた。
 叫喚する風が荒波を奮い立て、海岸線へと間断なく打ち付ける。
 
 ――ふと、嵐を付き従える雲が、割れた。

 どこまでも続く灰の闇に、峻烈な闇が混じる。
 驚きの声が上がった。嵐の波間を縫い、簡素な小船がこちらへと近づいてくるのだ。
 男達が我先にと危険な砂浜に駆け出していく。
 朽ち掛け、鋭利な波に削られたその船は、砂浜に乗り上げた直後に瓦解した。

 激しい泣き声が、豪雨に沁みていた。


7 名前:プロローグ :2006/08/21(月) 02:58:55.90 ID:+kc1dhmN0

  ――幼子が、いた。

 破砕した船の中にである。布に包まれ、雨に小さな鼻を晒され、それでも窒息せずに
幼子は泣いた。暗雲と雷を糾弾するかのように。
 顔を赤く腫らし、幼子はただ泣き叫んだ。
 男達は驚愕したが、次第に笑い、そして呆れた。

 こんな嵐の夜に、一体どこから来たと言うのか。良くぞ死なずにここまで持ったものだ。
 こいつは一生分の運をここで使い果たしたのじゃないか。
 いやいや、こいつには幸運の女神が味方しているのかもしれない……

 男達は幼子を村へと連れ帰り、村の一員として育てようと笑いあった。


 嵐が連れて来たものは二つある。
 絶望と、そして、一人の幼子だった。



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